at heart





後編






「た、頼むでって!飲ませるだけ飲ましておいて、どうするんだよ!」
引き止めようにも、麻野にしがみつかれているため、身動きが取れない。
「どうするって・・・先輩に任せますよ。でも・・・無理やりはダメですよ?」
む、無理やりって・・・何考えてんだ?
「三上にそんな甲斐性あるかいな!せやけど、さっきもの欲しそうな目ぇしとったしな〜」
それはおまえじゃないのか?崎山!
「優っ、おれたち帰るからな。先輩に優し〜くしてもらえよ?」
「いや〜ん、友樹のえっちぃ〜」
ふたりでふざけて散々おれをからかって、散らかしたままのリビングを出て行く。
最後に崎山が振り返った。
「三上、ちゃんとヤリ方知ってるんやろな」
投げつけた空き缶が、タイミングよく閉められたドアに当たって、床に転がった。





麻野とふたり残されたリビングには、テレビのニュースが流れている。おれの心とは裏腹に、冷静にニュースを読み上げる男性キャスターの声がおかしかった。
泣きやんでもなお、おれから離れようとしない麻野の腕を、ゆっくりと足からはがす。
「ほら、どこにも行かないから・・・これじゃあ話も出来ないし、顔も見れないだろ?」
観念したように力を緩めた身体を、ソファに持たれかけさせ、隣に腰を下ろした。
「ほんと、ずっと待ってたんだ・・・」
きちんと思考が働いての言葉なのか、酔いが言わせているのかわからない、いつもとは違う甘えた口調に、胸が疼く。
なぜそんなに悲しい目をするのか、おれには理解できないでいた。
楽しく三人で、お酒を飲んでいたんじゃないのか?
こんなにベロベロになるまで・・・

「いつもずっとずっと待ってる。もし帰ってこなかったらどうしようっていつも思ってる・・・」
「あ・・・さの・・・?」
「ぼくには先輩をここに留める確かなものが何もないから。先輩がもういいやって思ったら、それで終わりだから・・・」
隣りで小さな身体をさらに小さくして、目を閉じている麻野に視線を送ると、長い睫毛に伏せられた大きな黒い瞳が顔を出した。その潤んだ瞳から目を離せなくなる。
泣くかと思った・・・けれど、反対に麻野はにこりと笑った。
「でもっ、それでいいんですよ?先輩には先輩の人生があって、だからっ、好きにしてくださいね!」
自分でも何言ってるのかよくわかんないや〜なんて、フフフと笑う麻野に手を伸ばした。
「先輩・・・?」
高校生とは思えないほど華奢な肩を抱き寄せると、おれの腕の中にすっぽりおさまってしまう。



崎山に何度も言われた。はっきり言ってしまえと。己の気持ちに素直になれと。
その勇気のなさが、麻野をこんなふうに不安にさせているのはわかっている。
何度か「一緒にいよう」とは告げたけれど、そんな言葉だけじゃダメなのもわかっている。
おれを待っていると言ってくれる麻野。不安だという麻野。
いつもは口に出さずにずっと胸に秘めていたのであろう不安を、酔ってやっと口に出す麻野。
おれが玄関のドアを開けると、とてもうれしそうに出迎えてくれるのは、安堵の表れだったんだろう。



今がチャンスなのか?
ふたりの関係を同居人からステップアップさせる良い機会なのだろうか?



だけどおれは迷う。
麻野が待っているのは、おれ自身なのか?それとも自分を孤独から救ってくれる同居人なのだろうか?
そしておれは言う。
「おれの家はココだろ?他に帰るところなんてないんだ。麻野に追い出されたら、おれは路頭に迷うんだから、そんな風に不安になるのはおかしいよ?おれのほうこそ追い出されやしないかとビクビクしてんだぜ?」
冗談交じりに、気持ちをぼやかす台詞を麻野に突きつけ、逃げる。
肩を抱いて、麻野の体温を感じながら、もっともっと近づきたい衝動を押さえ込む。
「ずっと一緒にいてください・・・先輩・・・・・・」
おれの話を聞いているのか聞いていないのか、答えになっていない言葉を、気持ちをごまかしたおれの心に突き刺さるストレートな言葉を、消え入るような小さな声で紡ぐと、すうすうと寝息が聞こえ始めた。
「麻野・・・?」
顔を野覗きこむと、おれに身体をすっかり預けて、眠り込んでしまっている。
あまりに無邪気な寝顔に、そっと顔を近づけて・・・止めた。
やはり寝込みを襲うのは・・・よくないだろう?



しかし、麻野はおれをどう思っているんだろう?
こんなに無防備に身体を預けてしまっていいのだろうか?
おれのことを何も意識していないということか?それとも信用しきってくれているということか?
抱いた腕にぎゅっと力を込めてみたけれど、全く起きる気配がない、どうやら熟睡態勢に入ってしまったようだ。
ベッドへ運んでやろうかと思い、身体を離そうとすると、眠っているくせに、握りしめたおれの服を離さない。
起こすのもかわいそうで、おれは少し身を捩って楽な姿勢を見つけると、さっきより強く抱きしめた。
ソファにかかっていたラグを剥がすと、それにふたりくるまった。
そういえば、こんな風にふたりで朝まですごすのは初めてのことだ。
目が覚めたら・・・どんな顔をすればいい?
それに絶対麻野より早く目覚めなくては!

何だか寝顔を見られるのが恥ずかしくて、そんなどうでもいいことを考えつつ、眠りに引き込まれていった。
腕の中いっぱいにに麻野のぬくもりを抱きしめながら・・・


〜Fin〜

                                                                       





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